忠治兄と T 君

T君が20才で天に召されて7年目に入りました。
そのT君の事を忠治兄がこう話された事があります。
「T君は本当に優しいいい子だった。
平和会館で聖会があり杖をついて階段を昇っていると
走って来て、黙って手を差し伸べてくれた。
忘れられない。」と・・・・

そのT君と忠治兄が天で喜びあって再会し
イエス様のもとで心から主を褒め称え、そして心を合わせて
教会のために祈って下さっているように思います。

愛する方が大切な方が天にかえっていかれます。
寂しくないと言ったら嘘になりますが
でもその分、教会のための天での執り成し手が
多くなっていきます。

「泣いたらあかんぞ!天国にいくのだから」と
康子さんや娘さんに言われたそうですが・・・
もうすぐ1ヶ月になろうとしている今、涙が溢れて止まりません。
T君の事も6年経った今も胸が熱くなります。
自分でも何故かわかりません。

二人が精一杯生きてこられたように
忠治兄にも T君にも天で会える時を待ち望んで
今を精一杯、主の望まれる道を歩んで行けますように。
シオン


posted by 20161017 at 13:24Comment(0)日記

高校入試

高校入試のとき、父は何も言いいませんでした。
私は模擬試験を受け、自分で高校を探し、私立も公立も自分で受験校を決めました。
決して口を出さない父ではでしたが、お金は何も言わずに出してくれました。

今から思えば間違いだらけの高校探しだったと思います。
偏差値だけでどこを受けるか決めるような感じだったように思います。
もっと、高校のカラーやその後の大学受験も考えて選べばよかったと、今になって思います。

父は、お金を出し、母と共に祈ってくれていたと思います。
私立を受ける前、よく勉強をしました。
公立はランクを一つ下げたので、もう勉強しなくなりました。
それでも合格できました。

でも、その結果、高校では勉強をほとんどしなかったように思います。
高校三年間は、私の人生のブラックホールでした。

父が「私立に行かせておけば良かったと」言ったことがあります。
二浪したことを考えると、私立に行ったほうが良かったかもしれません。
ただ、後悔はしていません。
浪人して東京に行きたいと言った時も、黙ってお金だけ出して行かせてくれました。
二浪の時も、合格したある地方の公立大学がありましたが、
父は、その合格証書を見せると喜んでくれて、お金を出して、黙って二浪させてくれました。

大学も全部自分で探し受けました。
現役の時も、一浪の時も、二浪した時も・・
今から思えば、たくさん受けすぎたと思います。
本当にお金のかかる子どもでした。

父は口を出さず、お金だけ出してくれて、
私は、自分でいつも決めて生きてきました。

自分が父親になって、父に本当に感謝しています。
自分も子どもたちに、父のようにしてしてあげたいと思っても、全く父のようにしてあげれませんでした。

MAKOTO
posted by 20161017 at 03:27Comment(0)日記