弓削島

忠治兄は、瀬戸内海の弓削出身と聞きました。
私たち夫婦は、三原と尾道の出身で、
弓削は、隣の県になるのですが、3つの町は、それぞれ近くに位置しています。
というわけで、尾道出身の私には、
尾道の思い出を話してくださったことがありました。
大阪から帰省される時、尾道で汽車を降りて、船に乗ったとか、
桟橋の近くには、・・・があったとか。
sakai




posted by 20161017 at 20:56Comment(0)日記

後ろ姿

忠治兄が長崎におられた頃、いつも杖をついて、ゆっくりと教会まで歩いて行かれていました。その歩いておられる後ろ姿が印象的でした。
その後ろ姿から、いつも(きよらかだなー)という印象を受けていました。なぜだろうと思って祈ると、それはいつも聖書を読んでいるからーという答えが来ました。
いつも聖書のみ言葉が、絶えず心の中にあり、神様といつも交わっておられるんだろうなという感じでした。
今でも、暖かいその後ろ姿が目に浮かびます。そして教えていただいたことです。 ヤマモト
posted by 20161017 at 17:15Comment(0)日記

家庭祈祷会

心の中に一番残ってるのは、何と言っても
忠治宅での「家庭祈祷会」です。
まだ長崎におられる頃、月に一度家庭祈祷会の
担当になっていて忠治さん、康子さんと共に
祈りました。

忠治さん、康子さんの事、イザヤ牧師御夫妻の事
木原家8人の子供達一人一人、娘さんである
Aさん、Nさん、そのご家族の事、
あっ!と言う間の2時間でいつもいつも時間が
足りませんでした。

そしてショートメッセージも真剣に聴いて
下さいました。
もう一度御夫妻と一緒に祈りたいと思っていました。
もう一度御夫妻と共に礼拝したいと願っていました。
今度は天でイエス様の前で共に礼拝できることを
待ち望んで行きます。 シオン
posted by 20161017 at 13:06Comment(0)日記