小学生の頃〜「道明寺」での写生

小学生の頃、
父と一緒にキャンパスを持って、
近鉄の電車に乗って「道明寺」という駅まで行きました。
そこで降りて、少し歩いて写生をするのです。

姉も一緒でした。
姉によるとお弁当を持って、手を繋いで行ったそうです。
わたしは、そこらへんはよく覚えていないのですが、
写生したことはよく覚えています。

絵を描いている時の父は穏やかでした。

そして行きと帰りの電車の中も楽しかったです。

目が悪く視力が弱かった父なのに、なぜか絵を描くことが好きでうまかった父です。

帰りには、夏だとアイスを食べました。
かき氷も食べたような気がします。
秋とか春にも何か美味しいものを食べたと思います。

一年に一度は必ず行きました。

自分が父になってから、
自分の子どもたちには、
そういう思い出を作ってあげれなかったので、
申し訳なく思います。



posted by 20161017 at 18:50Comment(0)日記

クリスチャンとうさん


私は、自分の父と忠治兄弟を見比べては、
ああ〜
「うちの父親が、あんなおとうさんに
なってくれたらなぁー」

そう、心の中で言っていました。

低い…という言葉がぴったりでした。

長崎に住んでおられた時、
御宅の家庭祈祷会に行くと、
いつも、きちんと部屋が整えられ、
ご自分の娘さんと同じ年齢で、
しかも、クリスチャンとして生きてきた年数も、ご自分よりはるかに短い
私などが語るメッセージを、
熱心に熱心に聞き入って、
受け取ってくださいました。

こちらが
神様を恐れてしまうほどでした。

そして、いつも
おっしゃいました。

深々と頭を下げて、
「真を宜しくお願いします。」

外交辞令ではありません。

本当に、
もう…
すがるような目です。

いえいえいえいえ….そんなそんな…

思わず飛びのいてしまいそうな程です。

あれは、私に….
というより、
忠治兄弟の、神様への切なる祈りだったのでは…と今、わかりました。

おとうさんは、
思わず
だれかれかまわず、
頭を下げてお願いしてしまわざるをえないほど、
一人息子でいらっしゃるイザヤ牧師が、
主に従えるように、
いつもいつも祈っていらっしゃいました。

昔は短気で怖いお父さん…

そんなかげりも見えない
憧れの
クリスチャンとうさんでした。
Joy
posted by 20161017 at 06:43Comment(0)日記